大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(ネ)916号 判決

被控訴人が昭和二十三年十月二十九日の定例市会における懲罰決議に基きなしたる控訴人の除名はこれを取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、事  実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(各立証省略)

三、理  由

控訴人は昭和二十二年四月三十日の選挙によつて諏訪市議会の議員に当選し、爾來その議席を有していたが昭和二十三年十月二十九日被控訴人諏訪市議会の定例市会において控訴人を除名する旨の決議のあつたことは当事者間に爭のないところである。而して当審における控訴本人の供述によれば、諏訪市豊田区における新制中学校の校舍の建築資材の購入に関し、控訴人に不正の行爲の嫌疑ありとして被控訴人諏訪市議会にてこれを問題となし、これに関連して終に控訴人を除名する旨の決議をするに至つたことを認め得る。而して被控訴人諏訪市議会が控訴人に対する除名の理由として挙げたところのものが、次の如きものであつたことは当事者間に爭のないところである。即ち(1)昭和二十三年二月二十八日の市議会において控訴人は豊田新制中学校の件に関し関係せずと強弁したが、眞実これに関係があり然も利得したことは市議会の権威を裏切つたものである。(2)昭和二十二年十一月十四日控訴人は諏訪市收入役より右学校の新築資材購入費の一部なりとして金五万円を細川名義で受取つている。これは市議会議員の地位を利用した不謹愼の行爲である。(3)昭和二十三年十月四日控訴人は反駁書と題する書面を諏訪市議会宛提出し、同議会の右学校問題に関する調査報告を牽張附会となし欺瞞となしたのは市議会議員全員を侮辱し市議会を冐涜したものである。(4)昭和二十三年三月十三日市議会において議長の制止にも拘らず退場した行爲は、議長及び市議会の権威を冐涜した行爲である。(6)控訴人は増築委員として当初より右建築資材の使途を知悉していたのに拘らず、公人として一般市民の疑惑を受けるが如きことをしたのは議会の体面を汚したものである。(6)控訴人が昭和二十三年三月十一日付市議会議長宛質問書において前記学校の建築資材の取得價格につき一方的に重大な金額の訂正をなした行爲は、市議会を冐涜するものであるというにある。而して成立に爭のない乙第九号証の一乃至三によれば被控訴人諏訪市議会は控訴人の右(1)乃至(6)の行爲を以て地方自治法第百二十九條、諏訪市議会会議規則第七十八條第八十四條に該当するものとして除名決議をするに至つたものであることが認められ、成立に爭のない乙第十二号証の一によれば諏訪市議会会議規則第七十八條には「議長の制止又は発言取消の命令に從わない議員があるときは議長は地方自治法第百二十九條により処分する外、なお懲罰事犯としてこれを懲罰委員会に附託することが出來る。」と規定され同第八十四條には「議会を騷がし又は議会の体面を汚し、その情状の特に重い者に対しては出席を停止し又は除名することが出來る」と規定されていることを認め得る。而して右第七十八條は懲罰に関するいわば実体的規定たると共に手続をも規定し、第八十四條は懲罰に関する実体的規定であると解し得るのである。惟うに普通地方公共団体の議会はその議員に対し、議決により懲罰を科し得、然も懲罰として公用の議場における戒告、公開の議場における陳謝、一定期間の出席停止、又は除名の処分をなし得ることは、当該議会の自主性を示すものであり、從つて懲罰の議決が違法にあらざる限り、その懲罰を受けた議員、殊に除名処分を受けた議員と雖もその制裁を不当なりとしてこれを爭い得ない。しかし懲罰は一つの制裁に外ならざる以上、これを行うについての客観的基準の要求されるのは当然であり、即ち地方自治法第百三十四條は普通地方団体の議会が議員に対して懲罰を科するには同法又は当該議会の制定した会議規則に違反した場合であることを要件とし、且つ懲罰に関し必要な事項は会議規則中にこれを定めなければならないと規定する。然らば懲罰は議会の自主体に基くにせよ、会議規則制定前においては、会議規則違反の行爲なく、從つて会議規則違反による懲罰の存し得ないことは極めて明白である。されば後日に至り会議規則を設け、その中に懲罰に関し必要な事項を定めるに至つたとしても、その制定前における議員の行爲に対し後日制定の会議規則中の懲罰に関するいわば実体的規定を適用し、以て会議規則違反の行爲ありとしてこれを懲罰し得ざることも理論上当然である。議会の議員に対する懲罰が刑罰にあらざることは洵に被控訴人主張のとおりであるが、しかし懲罰が刑罰にあらざることを理由として後日制定の会議規則中の懲罰に関する実体的規定の遡及的適用を肯定すべき根拠となし得ない。若しこれが遡及的適用を肯定するときは議会は自主性の名の下に随時往時における議員の行爲をも追及し得ることとなるべく、これ不当に議会の懲罰の権限を拡大し、以て懲罰に対する客観的保障を奪うに至るものである。

本件において被控訴人諏訪市議会の会議規則が昭和二十三年三月三十日可決制定せられたことは当事者間に爭のないところである。而して既に認定の如く被控訴人諏訪市議会は地方自治法第百二十九條の外、諏訪市議会会議規則第七十八條及び第八十四條違反の行爲ありとして控訴人を除名したのであるが、控訴人に対する懲戒理由として挙げられる前記(1)乃至(6)を見るに(3)に掲ぐる控訴人の行爲は右会議規則制定後のものであるが、他は殆んど総て同会議規則制定前における控訴人の行爲であることは、その行爲の日付自体に徴して明白である。然らば被控訴人諏訪市議会は遡及して適用すべからざる会議規則中の懲罰に関する実体的規定を遡及適用して控訴人に懲罰を科したものと認めざるを得ない。尤もこの点に対し右会議規則は諏訪市議会の議決を以てその附則により昭和二十二年五月一日に遡つて施行せられる旨定められたから、同日に遡つて施行されたものであると被控訴人は主張し、斯る附則の定めあることは成立に爭のない乙第十二号証の二により認め得るが、会議規則中第七十八條並びに第八十四條の如き懲罰に関する実体的規定と認むべきものは市議会の議決を以ても遡及して適用すべからざるものであることは前記の所論より明白である。而してこの附則の制定につき控訴人が市議会の議員として賛成したりとしても右理論は同様であり、即ちその規定は控訴人に対して遡及して適用し得ない。而して又右除名の理由となつた控訴人の諸行爲を個々的に観察するときは(3)の如きは会議規則制定後の行爲であるから、これに対して会議規則を適用して懲罰を科することを得、又(4)記載の行爲に対しては地方自治法第百二十九條違反として同法により懲罰し得べく、これらの各個の行爲を把えそれのみを理由として除名処分を行うことも亦可能なところであるが、本件の懲罰は右(1)乃至(6)の控訴人の行爲を個々的に把えると共に他面その全体を綜合的に判断して控訴人に対し懲罰中最も重き除名処分を爲すに至つたものと認められる。換言すれば被控訴人諏訪市議会は適用すべからざる会議規則を適用し得るものと誤信し、これを以て判断の一要素となし以て除名処分を行うに至つたものであり、若し会議規則の適用すべからざることを知つていたならば除名処分をなさざりしやも知るべからず。畢竟被控訴人が適用すべからざる会議規則を適用して、控訴人を除名したのは、違法の行爲といわざるを得ない。而して市議会が議員に対して懲罰を科した場合においては、市議会を以て行政廳と認め、その違法な懲罰処分を以て行政事件訴訟特例法第一條の「行政廳の違法の処分」と認め、市議会を被告として訴を以てその取消を求め得るものというべく、然もその取消請求については直ちに訴を提起し得るものと解すべきである。然らば被控訴人諏訪市議会に対し除名の取消を求める本訴請求は理由があるものといわざるを得ない。

仍て本件控訴が理由があるから、原判決を取消すべきものとし民事訴訟法第三百八十六條第八十九條第九十六條を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 松田二郎 河合清六 岡崎隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!